今宵捧げし 輝月宮

愁い帯びれば花を降らそう

綻び開けば 実を結ぼう

喜びの涙は ハギスの天恵






花冠は、誰が為 [ 前編 ]

「四日ぶりの宿屋だ!」

 ウリックが街の明かりを見付けて駆け出す。慌ててレムもウリックの
後ろについて飛んでいった。シオンは遠くなる二人の後ろ姿を眺めながらゆっくりと足を進めた。

  暗い夜道の続く先には、一際明るい宿場街がある。

「変だな…」

  今は大半の家が灯を消しているだろう時間帯だ。濃紺の空を見上げれ ば、欠けのない月。シオンの頭をいくつかの憶測が浮かび、結論に辿り着いた時シオンは溜息をつきたくなった。街に着いたらすぐにでも寝たいのに、恐らくそれはかなわないだろう。シオンは重い体を引き ずりながら、また一歩足を踏み出した。





「今夜は花祭りがあるんだよ。お客さん、ラッキーだね」

  夜にも関わらず街全体が明るいのは行事や儀式、祭事があるからだろ うと践んではいた。特に月の力が増す満月の夜はこういった催しに向いていると言える。宿屋の女将の説明を聞いたシオンは眉を顰めた。

  対して、シオンの隣に立つウリックの表情は明るい。その顔を見ただけでうきうきわくわく、そんな擬音が伝わってきそうだ。

「夜なのに賑やかな街だと思ったら、今日はお祭りの日だったんだ!
 沢山の人が歩いてるし、色んな所に花が飾ってあった」

「出店で美味しそうな蜜も売ってたわ!」

「ぼくも見た、角のお店でしょ!
 あれきっとパンケーキの上にかけたら最高だよ〜」

 ウリックとレムは先程の疲れは何処に吹飛んでいったのか、行く気満々のようだ。期待に満ちた視線に気付きながらも、シオンは無言で宿 屋の階段をのぼりはじめた。

「えっ!?シオン行かないの?」
「あぁ、疲れた。お前ら二人で行って来い。迷子になるな、
知らない人間について行くな、日付が変わる前には帰ってくるんだぞ」

「なっ!小さな子供じゃないんだから」

 ウリックはシオンの言った注意事項を聞いて訴えたが、シオンはそれでも言い足りず真面目な顔でレムを見た。

「任せたからな」
「言われるまでもないわ」
「二人ともひどい…」

  シオンがへこんだ様子のウリックの頭をひとなでして励ますと、ウリック が潤んだ瞳でシオンを見上げる。鼓動がどくんと跳ねた。シオンは慌てて ウリックから手を離した。

「…行かない?」

 まだ諦めていなかったか…。シオンは静かに首を横に振った。

「俺はここで待ってる」
「どうしても?」

 少し甘えた口調で尋ねるウリックに内心戸惑いながらもシオンは誘いを断った。

「体力バカの誰かさんと違って、俺様の体は繊細だからな〜。
 俺がいないと寂しいのも解るが、我慢しろ、な?」

 ニヤリと笑うシオンにウリックの顔が真っ赤に染まる。
ギュッと握ったウリックの拳がぷるぷると震えていた。

  これは一発お見舞いされそうだと判断したシオンは、さっとウリックの後ろに まわり攻撃を回避し、その背中を押した。

「楽しんでこい」
「――うん!!」

  喜色満面の表情で祭りへ出掛ける二人をシオンは、苦笑しながら見送った。