今宵捧げし 美しき神

意味なき花は 何ひとつ

献じる花は 胸にひとつ

我を導く フェルの采配






花冠は、誰が為 [中編]

 宿屋の下の階から陽気な音楽が聞こえる。その音で目を醒ましたシオンは眼を こすりベットから起き上がる。時計を見るとウリック達が宿を出た時間から二時間程経っていた。

 窓の下を覗き見ると、色とりどりの花で飾り付けされた押し車で祭壇が運ばれ て行く所だった。先頭を歩く老女がシャ―ン、シャーンと鈴を鳴らす。すると 後に続く人々が音に合わせて花びらをまいた。

 その空間は神聖な空気に包まれており、シオンは見る者の目を奪う美しい光景に 思わずほうと感嘆の息を漏らした。

「ん?」

  祭の様子を眺めていたシオンはある共通点に気付く。妙齢の女性だけが頭に花 冠をかぶっているのだ。何か意図するものがあるのだろう。本にない村独特の 風習にシオンの知識欲は疼いた。

 そしてすぐ宿屋の女将にでも祭りや花冠の意味について聞いてみようと思い立 つ。シオンはマントを羽織ろうと手を伸ばしたが、外に出る訳でもないしとベットから降りて、靴を履いた。







「あれ、お客さん起きて来たのかい。お連れさんはまだ帰ってないよ」

  階段から降りてきたシオンに気付いた女将が見上げて言った。女将は二コリと 笑ってシオンに空いてる席を指差して座る事を促す。

「注文は?」
「水と、…何か軽い食べ物を頼む」

「じゃぁ、ズール風の野菜スープリゾットか、花芳亭特製のミックスサンドだね」
「リゾットでいい」

  女将はコックに注文を伝えると、水だけ持ってきてシオンの前にコップを置いた。

 中でからんころんと氷が踊り、水が跳ねた。女将は豪快に笑い、悪びれもせずシオ ンの向かいの席に座る。コップの置き方ひとつでも性格が出るものだ。

「せっかくの花祭りだってのに辛気臭い顔だねぇ」
「これが地だ。参加するつもりはないが、興味はある。
 花祭り伝承について聞きたい」

  女将は「そんなもの、お手の物だよ」と得意げに花祭りの事を話してくれた。

 女将の話しによると花祭りの起源は二百年前。ここら一帯の農村が水不足で飢饉 に見舞われ、一人の男が神に花を捧げたのがはじまりだった。最初、村の人間は 男の事を馬鹿にした。神に祈った所でどう変わる、何も起こらないじゃないか、と嘲笑を浴びせた。

  しかし男は来る日も来る日も神に願った。すると、男が祈り 始めた丁度一年後の満月の夜に女神が男の夢枕に降り立ち、その翌日から雨が三 日振り続けたらしい。

 僧侶が聞いて喜びそうな作り話だ。
 シオンは冷めた思いで女将の話を聞いていた。

「吟遊詩人が遺した唄もあるんだ。誰か、《花祭り》を弾いとくれ!」

  すると宿屋はシンと静まり、髭面の男が繊細なメロディーをリュートで奏で始めた。恰幅のいい女将は立ち上がり、胸に手を当て息を吸う。


 今宵捧げし輝月宮

 愁い帯びれば花を降らそう

 綻び開けば実を結ぼう

 喜びの涙はハギスの天恵


 今宵捧げし美しき神

 意味なき花は何ひとつ

 献じる花は胸にひとつ

 我を導くフェルの采配


 歌い終わった女将が一礼すると周囲から拍手が沸き起こる。ピーピーと指笛が響 き、宿屋は再びざわめきを取り戻していく。女将がリュートを弾いた髭面の男に 投げキッスを送るとどわっと笑いが立ちこめた。

 シオンはひとり、歌詞の意味を考え独自に解釈を進めていた。出てきた神は二人。

  豊穣の神ハギスと月の神フェル。どちらも水に関係する女神だ。男の祈りは、花で統一されいるが一番のハギスと二番のフェルでは大きく構成が違う。ハギスに対しては純粋に水を請う唄になっているが、フェルに対しては私情が含まれた表 現が多い。

「お客さんは矛盾に気付いたようだね」
  難しい顔をしていたシオンに女将はニヤリと笑った。

「フェルは神だぞ…」

「月の女神に恋をしちゃいけないなんて決まりはないよ。男がハギスに祈ったか、フェルに祈ったのかは読み解く人間の自由さ。でもどうしたってフェルの方がロマンチックだろう?」