花冠は、誰が為 [後編]
「所詮、神も人間が創り出したものに過ぎない」
「あんたは可笑しい事を言うねぇ。普通は逆だろう?いくら顔が良くたって、そんな唐変木じゃ花冠も受け取って貰えないよ」
女将は呆れ返った様子でシオンに言った。
「花冠?」
(そうだ、祭りでは妙齢の女達だけが花冠をかぶっていた…)
「ああそうさ、この花祭りでは男が好きな女に花冠を渡す風習があるんだよ。 受け取って貰えれば両思い、突き返されれば失恋花が散る、と簡単だろ?」
つまり、自分は後者だと女将は言いたいのか。シオンはたかが風習と承知しながらも面白い気持ちがしなかった。
「はいよ、お待ちどおさん。ズール風の野菜スープリゾットだ。
…お前は客からかってないで、注文取ってこい」
コックは机に料理を置くと女将の頭を叩いて叱った。
「失礼しちゃうね、あんたが作るの遅いからじゃないか!
私はお客さんに付き合ってただけだよ」
コックと女将は夫婦だったようだ。シオンは目の前で繰り広げられる夫婦喧嘩に堪えつつ、コックが持ってきたリゾットを口に運んだ。
「あっれ〜?シオンが起きてる!もう寝てるのかと思った」
声に反応してシオンが顔を上げると扉の方から花祭りから帰ってきたウリックとレムが手を振ってやってきた。コックがそれを察し、女将を厨房へ引っ張っていってくれた。
「一回寝たけどな、腹が減ったからな」
本当は違う理由だったが、聞かせる程の話でもなかったのでシオンは適当に答えた。こんな話を聞く為にわざわざ起きてくるんじゃなかったと後悔していた所だ。
「シオン〜こっち見て」
「なんだ?」
「はい、あげる」
ふわっと頭に軽い何かが乗っかる。机の上にはらりと花びらが落ちたのが見えた瞬間、シオンは自分の頭の上に何が乗っけられたのが理解し体温を上昇させていった。すぐさま俯きウリックに見られないよう、顔を隠す。
「お前、どういう意味か解ってんのか…?」
「ん?何が?なんとなく似合うだろうなって思って。色んなのがあって迷ったんだよ〜。 シオンの髪は明るいからどれも合うし、お店のお姉さんに月みたいに綺麗な髪の人にあげるって言ったらコレ勧めてくれたんだ。受け取って貰えるといいですねって応援までしてくれてさ、イイ人だったよ」
「「ね〜」」
とウリックはレムと一緒に顔を見合わせて首を横に倒した。
解ってない…シオンがウリックの答えに脱力してると、厨房から二人の様子を覗いている女将が柱の陰から唇を手で押さえて肩を震わせていた。今にも笑い出しそうな顔をしている。
(男が男に花冠にやってるように見える、よな)
ウリックは男装しているのだから当然だ。他の客の視線も痛い。
シオンが花冠を外そうとすると、ウリックの表情が翳りを見せる。
「もしかして、気に入らなかった?ぼくなりに一生懸命考えたんだけど…」
そんなことを悲しげに言われれば、
「いや…そんなことは、ない」
――外せるわけもなかった。
シオンは敗北感を味わいながらも「良かった!」と笑うウリックに安堵した。
いまだに外からは鈴の音が聞こえる。
花は舞い、風に乗り、捧げられた想いに神は喜びの涙を零す。
色鮮やかな夢物語がシオンの脳裏を過ぎっていった。
花祭りの夜は明け、三人で食事をしようと階段を降りていくと一階は酒の匂いが充満していた。鼻を摘まんで現れた三人に女将は謝りながら、花芳亭特製のミックスサンドを籠に詰めて渡してくれた。
レムが見つけた見晴らしのいい丘で、三人は腰を落ち着ける。足元に広がる白詰め草は愛らしく咲き、ミツバチが蜜を吸い青空へ飛んで逃げていった。
ミックスサンドを食べる直前、籠の蓋を開けて固まるウリックを不審に思ったシオンは立ち上がる。ウリックの背後から籠の中を覗くと、ミックスサンドの上には小さな紙きれが一枚。
《月の女神はあなたの味方よ》
「シオンにはわかる?」
「さぁな」
シオンは肩を竦めてはぐらかし、パクリと美味しい朝食を口にした。
end